スティーブ・ジョブズ 神の交渉力

スティーブ・ジョブズ神の交渉力―この「やり口」には逆らえない! (リュウ・ブックスアステ新書 48)スティーブ・ジョブズ神の交渉力―この「やり口」には逆らえない! (リュウ・ブックスアステ新書 48)
(2008/05)
竹内 一正

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■内容

スティーブ・ジョブズの個性的なマネジメント手法について。

ジョブズは、社内の情報を支配し、機密情報が絶対に漏れないように細心の注意を払っている。アップルのオープンなイメージとは対照的に、実情はどの企業よりもクローズ。しかし、この機密体制により、アップルの製品発表のインパクトが大きなものとなる。

また、ジョブズは非情である。受けた恩など、全く感謝しない。他人の手柄を横取りする。人の足元を見る。情に縛られない考え方により、問題の解決に集中できるのだ。などなど。



■感想

良著。スティーブ・ジョブズを賛美した本だが、著者は良いところも悪いところもひっくるめてジョブズが好きなんだなと思った。

市場の変化の激しい時代なので、変化に対応して企業も人も変化していかなければならないと、社長は言った。しかし、ジョブズを見ていて、少し考え方が変わってきている。変化に対応するのではなく、変化を起こしていく、変化をより助長させる、そういった積極的な姿勢の方が面白いんじゃないかと。

以下、本を読んでて面白かったこと。

ジョブズのプレゼンの上手さに関しての著者の考えが参考になった。企業で働いていると、とにかく報告が多い。報告は指導者一人に対してなのだけど、一対一のプレゼンこそ、大事にしていかなければいけない。

私達のまわりには、会議、報告、発表など小さなプレゼンテーションがいくつもあるが、どんな場合も、肝は「シンクロ」である。話の進行に聞き手がついてきてくれるかだ。そのためには、まず「部署言葉」や専門用語ではなく、だれでも理解できる「一般用語」を使うことだ。つぎに、聞き手のうなずき方を見て話の緩急を決め、熱意をこめるときの早口に気をつける。常に明瞭性を意識するのだ。一対一の小さなプレゼンがうまくできれば、二人に対してもできる。やがて、数人、数十人、そして数百人の前でも、心をつかむプレゼンができるようになる。


同じく、企業に入ってから、機密情報に頻繁に触れるようになった。俺もビジネスマンになったんだなー、って面白がって、飲み屋で仕事の話になったりもするのだが、ジョブズの情報支配や、カルロス・ゴーンの考えを知り、こういうのはもうやめようと考えた。

トップ以外が喋り出すと情報が錯綜し、現場が混乱してしまう。企業に透明性が求められる現代だが、規律なしに雑多な情報がたれ流されるようでは、企業活力が低下していく。だれが、いつ、どのような形で、どんな情報を出すかのルールを決める。それが情報戦略である。


ジョブズの強引さについて、凡人との比較をしている節。凡人がジョブズのように振舞えないのは、他人への気遣いなどではなく、恥をかきたくないという自分本位な考えだ。

ビジネスでは、恥をかくことこそ新しいチャンスと出会う第一歩である。それをジョブズが証明している。ちょっと恥ずかしくても、上司や先輩が居並ぶ会議の席で、思い切って手をあげ、意見を言ってみよう。「なんだコイツは」と無言の圧力を感じても、くじけてはならない。何度も繰り返せば恥とは思わなくなる。やがて、黙って座っているだけの連中が無能に見えてくる。そうなればしめたものだ。


部下への目標設定について、ソニーの盛田照夫を好例に挙げて、分かりやすく説明していた。確かに、こういう指示がきたら、やりがいを感じる。

ソニーの盛田照夫は、銀座にソニービルが建つ一年前に、広報部長にこう目標を語った。「一年たったとき、東京のどこからかタクシーに乗って、ひと言『ソニービル』と言うだけで運転手が連れて行ってくれるようなPRを考えろ」と。そして、その実現方法は部下に任せたのである。


市場調査を否定する節。こういう考え方で商品を開発できれば、素晴らしい。ジョブズ的には当たり前っぽい。

大衆は創意を持たない批評家だ。企業は、作家でなければならない。自分で発想せず、大衆への市場調査に発想を求めたら、企業は作家ではなくなる。大衆が絶賛する商品とは、大衆がまったく気付かなかった楽しみを提供する独創的なものだ。市場調査に頼って商品開発を進めると、「ちょっといいもの」で終わる。大衆が手にしてはじめて「あっ! これがほしかったんだ」と気付くような「どこにもないもの」は、市場調査からは決して生まれない。目の前に見える需要を追うのではなく、「自分達が需要をつくる」ことが、これから、より強く求められている。


経営者のあるべき姿について。日本企業は現場は強いのに、トップが最悪な為に、結果が報われないことが多い。どっちつかずのビジョンでは現場はやりきれない。トップが現場にプレッシャーをかけるように、現場もトップにプレッシャーをかけていくのが良いと思う。

「世の中には、トップにしかできない決断や交渉がある。にもかかわらず、全部を社員任せにして、自分はなにもしないトップが少なくない。神輿に乗っていれば担ぎ手が鎮守の森に連れて行ってくれる時代はとっくに終わっている。なのに、それに気付かないようでは、トップの資格が無い」
トップにしか出来ないこと、トップだからこそできることがある。それをしないトップに率いられた会社は、どんなに現場が頑張っても、成長に限りがあるだろう。


先端技術を追い求める部署で働いているのだが、「ここまで高性能を追求する必要があるのか?」と疑問を持つことがある。一般消費者の持つ疑問を、開発者自身も感じているのだ。オーバースペックで失敗している製品が世の中に溢れているのだからなおさらだ。
しかし、失敗の原因は先端技術そのものではなく、製品のコンセプトや運や世の中の流れなのだ。技術を磨くことは悪じゃない。オーバースペックと揶揄されようが、ビジネス思考に染まって既存技術に頼りきっていると、勝負すべき場面で、弱い技術力で挑むことになってしまう。常に新しいことを学んでいけば、いつか必ず世の中に認められる仕事ができると信じている。

新しい技術や製品は、世の中でなかなか認められないことが多い。どうしてだろうか。それは、世間が「固定観念」に縛られているからだ。ジョブ図画パソコンを世に出したとき、個人がコンピュータを持つのは非常識だった。大型コンピュータを共同で使い、利用するには専門知識が必要だったからだ。あるいは、1975年に家庭用ビデオが誕生したときも非常識といわれた。当時、ビデオは映像のプロが使うもので、個人が使うものではなかったからである。斬新な製品がヒットするには、ビジネス上の競争に勝つ前に、世間の「固定観念」に打ち勝つことが求められているのだ。


スタンフォード大学でのスティーブジョブズの講演で語られた言葉。これはよく分かる。小学生時代にはまった絵書きも、中学生時代にはまった数学も、高校時代に考えた死生感も、大学時代に取り組んだあらゆる学問も、全てが自分を形作っている。その時は、これが何の役に立つかなんて考えなかった。しかし、僕が自分で自分の好きな部分はこういう経験から生まれている。何物にも変えがたい財産である。

「興味を持った一つ一つのことに熱中していけば、そのときは散らばっている点のような別々の存在が、将来にはつながり合ってすばらしい一つの大きなものとなる」



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by shohey0229 | 2008-08-27 22:08 | 読書